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大沼道行
その器は
ブレない心の形だった
酒好きは器にこだわる
「純米がいいな、安くてもいいから、うまいの」
その太い声は、笑いながら電話口で言った。無類の酒好き。そして陶芸家。
北海道に住むその人の名は、恵波ひでお。通称、おっちゃん。いや、それは私の家庭だけに限られる。いつからか、この作家の名は我が家で“おっちゃん”と呼ばれていた。毎年陶器市で会うのに、名前すら知らなかったのだ。
いつもテントの下から酒で赤らんだ顔をクマのように覗かせて、
「おお、今日は何持ってくの?」
そんな風に聞いて来る。そして、その笑顔につられ、彼の作る皿を毎年買う。そんな関係が続いていた。
酒好きはうまい料理を知っている、そんな事を言う人もいる。実際そうなのだろう。有名な作家は酒好きが多いと聞く。うまい料理は、味だけではなく、見た目からもうまい。だからこそ、良い器にこだわる。そのこだわりが深ければ深いほど酒好きとなる・・・。
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北海道の洞爺湖町。おっちゃんの窯はそこにある。太平洋に面し、内浦が一望でき、天気の良い日には、湾の向こうに駒ヶ岳がきれいに顔を出す。そんな気持ちのいい場所で彼は作家作業を続けている。雪の北海道はさぞかしすばらしい景色なのだろう。そう思っていたのだが、今回、私たちが取材した時は、暖冬のせいで、誰もが想像する冬の北海道とはまるで違うイメージだった。だから白銀の世界でストーブをつけ、その上に置いたヤカンから、もうもうと湯気が立つ中、黙々と仕事をする陶芸家、そんな写真を撮りたかった私の期待は始めから裏切られた。
道に迷う事約1時間。予定からずいぶん遅れた私たちを、笑顔で出迎えてくれたおっちゃんは、早速、私たちを工房へ招き入れ、力強く土を捏ね始めた。思った通りだった。この人にはこういう姿がよく似合っていた。
使われてナンボ
「汗をかく仕事をしたかったんだ」
そういいながら彼は黙々と土を捏ねた、“親のそばにいてやりたい”そんな事が重なり、北海道に窯を持ったという。
「けど、逆に迷惑をかけたよ」
おっちゃんは何かを思い出したようだった。壁には“器は凹だ”と力強く自分で書いた文字が貼ってあった。彼は芸術的なものを好んで作らない。それは食卓に上る物を主と考えているからだ。使われてナンボ、使ってもらえてナンボ、この世界で食えてナンボ。土をもくもくと捏ねる大きな体はそんな風に語って見えた。
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「やっぱり“勢い”を大事にしてるな」
ろくろを回しながらおっちゃんはそう話し始めた。
「できるだけ粘土に触らないのが、大事だな、あんまり触ると勢いを消してしまうからな」
“勢い”その言葉のままに、彼は捏ねた土をろくろに乗せると、一気に器を作り始めた。そして、彼の太い指の跡が“器”を鮮やかに作り出していく。
器を作るときに何を重要に考えているのかを聞くと「フォルムだな」そう答えた。彼が作る器の特徴は持ちやすいことだ。そして、しっくりとくる。私が彼の作品を買うようになったのも、その色や、見た目からというより、使った時の持ちやすさからだった。見た目からは想像付かないほど、手に馴染むのだ。
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「これ、俺の器じゃないよ」
太陽が沈むと流石は北海道である、外気は氷点下となり、刺すような寒さとなった。そんな中、私たちは暖かな部屋で、温かな夕飯を御馳走になりながら、おっちゃんと会話を続けた。彼は酒をあおりながら、その大きな手で持った器を、じーっと見て、いきなりこう言った。 「これ、俺の器じゃないよ」
リビングに笑いがおこる。
何をいうのかと思ったら、今飲んでいる器は私の作品ではないと軽く言い放ったのだ。
作家を取材に来たのに、私のもので私は呑まないと言ったのだ。これがこの人ならではの深さなのだ。
ちなみに恵波さんは、人の作った器を普通に使う。それは私が会って来た作家の中でも珍しいタイプだ。普通、陶芸家というと他人の作品を置いていない事が多いように思える。それは、例えば、画家と同じなのではないかと考えられる。自分の世界観をより深く突き詰め、広げ、高めるためには、余計な作品があることがその意識を阻害する可能性がある為だ。私はそう考えていた。しかし、彼は違った。リビングにあった戸棚には、様々な他人様の食器がぎっしりと詰まっていた。夕飯を御馳走になった皿も半分は他人のものだった。
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「ほら、これ良いだろう」
彼は棚につまった様々な食器をおもむろに取り出し始めた。
「これなんかも、なかなかだと思うんだけど」
「んー。これはどうだ。いい形だろー」
他の作家の品評会が始まった。人の作品を素直に褒める度量。この“強さ”が彼の作品からは滲み出ている気がしてならない。
その晩彼は、私が持っていった5合の酒を一気に飲み干すと、まだまだ足らないと言った顔で他のお酒を、他の器を使って飲み続けた…。
この上なく嬉しい、そんな顔で…。
“酒好き”。
やはり器に“こだわる”のだ。